臨渇掘井〜その意味と使い方

故事成語

「もっと早く手を打っておけばよかった……」。仕事をしていると、誰しも一度はそう感じたことがあるのではないでしょうか。今回ご紹介する「臨渇掘井(りんかつくっせい)」は、まさにそんな場面を的確に言い表した故事成語です。中国の古典に由来するこの言葉には、経営者やビジネスパーソンにとって大切な教訓が詰まっています。

「臨渇掘井」の意味

「臨渇掘井」は「渇に臨みて井を掘る」と読み下します。「渇」はのどが渇くこと、「井」は井戸のこと。つまり「のどが渇いてから、あわてて井戸を掘り始める」という意味です。

井戸掘りには時間も労力もかかります。のどがカラカラになってから掘り始めても、水にたどり着く前に力尽きてしまうかもしれません。ここから転じて、普段から準備を怠り、事が起きてからあわてて対策をとることのたとえとして使われます。「泥棒を捕らえて縄をなう(泥縄)」とほぼ同じ意味だと考えるとわかりやすいでしょう。

  • 読み方:りんかつくっせい
  • 読み下し:渇に臨みて井を掘る
  • 意味:必要になってから、あわてて準備を始めること
  • 類義語:泥縄、後手に回る、旱きて井を穿つ
  • 対義語:備えあれば憂いなし、転ばぬ先の杖、有備無患

故事成語ができた経緯・歴史

この言葉のルーツは、中国・春秋時代の思想書『晏子春秋(あんししゅんじゅう)』にあるとされています。『晏子春秋』は、斉(せい)の国に仕えた名宰相・晏嬰(あんえい)の言行をまとめた書物です。

ある日、魯(ろ)の昭公という君主が国を追われ、斉に亡命してきました。昭公は「もっと早く家臣の忠告を聞いていれば、こんなことにはならなかった」と悔やみます。それを聞いた斉の景公は「彼は反省しているのだから、国に戻せば名君になるだろう」と考えました。

しかし晏嬰は、これに冷静な意見を述べます。「溺れた人は水の深さを測らずに飛び込んだ人であり、道に迷った人は道を尋ねずに進んだ人である。危機に陥ってから対処法を探すのは、のどが渇いてから井戸を掘り、戦が始まってから武器を作るようなもの。どんなに急いでも、もう間に合わない」と。準備を怠った者は、後悔したところで手遅れなのだ——この鋭い指摘が、「臨渇掘井」という言葉として今日まで語り継がれています。

なお、同じ趣旨の言葉は中国最古の医学書『黄帝内経(こうていだいけい)』にも登場します。「病気になってから薬を飲むのは、のどが渇いてから井戸を掘るようなもの」——健康も経営も、日頃の備えが何より大切という考え方は、古今東西で共通しているのですね。

ビジネスシーンでの使い方(例文3つ)

少し硬い響きの言葉ですが、会議や社内文書で使うと説得力が増します。自分への戒めとして使うのが、角が立たないコツです。

  • 例文1(資金繰り)「資金が底をついてから銀行に駆け込むのでは、まさに臨渇掘井だ。業績が good なうちに融資枠を確保しておこう。」
  • 例文2(人材採用)「ベテランが退職してから慌てて求人を出すのは臨渇掘井そのもの。今から計画的に若手を育てていきたい。」
  • 例文3(IT・セキュリティ)「情報漏えいが起きてからセキュリティ対策を考えるのは臨渇掘井です。平常時こそ、バックアップ体制を見直しましょう。」

中小企業の現場では、事業承継、BCP(事業継続計画)、補助金申請の準備など、「わかってはいるけれど後回しにしがち」なテーマがたくさんあります。そうした場面で「臨渇掘井にならないように」と一言添えるだけで、社内の意識が引き締まることもあるはずです。

原文の出典

  • 書名:『晏子春秋』内篇・雑上
  • 原文:溺者不問墜、迷者不問路。溺而後問墜、迷而後問路、譬之猶臨難而遽鋳兵、臨噎而遽掘井、雖速亦無及已。
  • 読み下し文:溺るる者は墜(すい)を問わず、迷う者は路を問わず。溺れて後に墜を問い、迷いて後に路を問うは、之を譬(たと)うるに猶(なお)難に臨みて遽(にわ)かに兵を鋳(い)、噎(いつ)に臨みて遽かに井を掘るがごとし。速やかなりと雖(いえど)も亦(また)及ぶ無きのみ。
  • 現代語訳:溺れる人は水深を確かめず、道に迷う人は道を尋ねない。溺れてから水深を問い、迷ってから道を尋ねるのは、戦が起きてから急いで武器を鋳造し、のどが詰まってから急いで井戸を掘るようなもの。どれほど急いでも、もはや間に合わない。

参考までに、『黄帝内経』素問・四気調神大論篇の一節もご紹介します。「夫病已成而後薬之、乱已成而後治之、譬猶渇而穿井、闘而鋳錐、不亦晩乎(夫れ病已に成りて後に之を薬し、乱已に成りて後に之を治むるは、譬うれば猶お渇して井を穿ち、闘いて錐を鋳るがごとし。亦た晩からずや)」——この「渇而穿井」が、「臨渇掘井」という四字の形に整えられた直接のもとになったと言われています。

まとめ

「臨渇掘井」は、2500年前の中国で生まれた言葉でありながら、今の経営課題にそのまま当てはまる鋭い教訓です。井戸は、のどが渇く前に掘っておくもの。資金も人材も設備投資も、余裕があるときにこそ次の一手を打っておきたいものです。

とはいえ、日々の業務に追われていると、つい後回しになってしまうのが人間というもの。「うちの井戸は掘れているだろうか?」と、四半期に一度でも立ち止まって点検する習慣をつくることから始めてみてはいかがでしょうか。

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