「急いでいるときほど、近道より遠回り」——なんだか矛盾しているようで、思わずうなずいてしまうことわざですよね。仕事でも「早く終わらせよう」と焦ったときに限って、ミスややり直しが増えてしまう。そんな経験は誰にでもあるはずです。今回は、そんな私たちの背中をそっと支えてくれる故事成語「急がば回れ」について、意味や由来、ビジネスでの使い方まで、じっくりご紹介します。
「急がば回れ」の意味
「急がば回れ」とは、急いでいるときこそ、危険な近道を選ばず、遠回りでも安全で確実な道を行くほうが結果的に早く目的を達成できるという意味のことわざです。読み方は「いそがばまわれ」。「回れ」は「遠回りをしなさい」という命令の形になっています。
ポイントは、「遠回りしろ」と言っているのではなく、「確実な方法を選べ」と言っている点です。近道は一見すると時間の節約になりますが、リスクが高ければ失敗する確率も上がります。失敗すればやり直しになり、かえって時間がかかってしまう——この当たり前のようで忘れがちな真理を、たった五文字で言い切っているのがこのことわざの強さです。
- 類義語:「急いては事を仕損じる」「短気は損気」「せいては事をし損じる」
- 対義語:「善は急げ」「先んずれば人を制す」
- 英語表現:Slow and steady wins the race.(ゆっくり着実に進む者が競走に勝つ)/More haste, less speed.(急ぐほど速度は落ちる)
ちなみに「善は急げ」とは正反対の意味に見えますが、使い分けのコツはリスクの大きさです。失敗してもやり直しがきくなら「善は急げ」、失敗したら取り返しがつかないなら「急がば回れ」。そう覚えておくと迷いません。
故事成語ができた経緯・歴史
このことわざ、実は中国の古典ではなく日本生まれです。舞台は、滋賀県の琵琶湖。室町時代の連歌師・宗長(そうちょう、1448〜1532年)が詠んだとされる歌が原典と言われています。
当時、京都から東国へ向かう旅人は、草津あたりから琵琶湖を渡る必要がありました。このとき、ルートはふたつ。ひとつは「矢橋(やばせ)の渡し」という船で湖を横断する近道。もうひとつは、湖の南端をぐるりと回って瀬田の唐橋(からはし)を渡る陸路です。
- 矢橋の渡し(船・近道):距離は短いが、比叡山から吹き下ろす「比叡おろし」という突風で船が転覆したり、出航できず足止めを食らうことも多かった
- 瀬田の唐橋(陸路・遠回り):距離は長いが、天候に左右されず確実に渡れる
つまり「急いでいるなら、風まかせの船ではなく、確実な瀬田の橋を回っていきなさい」——これがことわざの原風景です。実際の地理と旅人の経験に根ざした、とても実感のこもった教訓だったわけですね。
なお、瀬田の唐橋は「日本三名橋」のひとつに数えられる歴史ある橋で、現在も滋賀県大津市に架かっています。旅行の際に立ち寄って、室町時代の旅人の気持ちを想像してみるのも面白いかもしれません。
ビジネスシーンでの使い方(例文3つ)
ビジネスの現場は、まさに「急がば回れ」の宝庫です。納期、コスト、人手——どれもギリギリのなかで、つい近道を選びたくなります。そんなときに使える例文を3つご紹介します。
例文1:システム導入の場面
「早く動かしたい気持ちはわかりますが、急がば回れです。現場へのヒアリングと業務フローの整理をきちんとやってから導入しましょう。手順を飛ばすと、結局あとで作り直しになります。」
IT導入補助金などを活用したシステム導入では、この場面が本当によくあります。準備に1か月かけたプロジェクトのほうが、走りながら考えたプロジェクトより早く軌道に乗る——現場で何度も見てきた光景です。
例文2:新規営業の場面
「いきなり提案書を持ち込むより、まずは課題をうかがう場をいただきましょう。急がば回れで、信頼関係を先につくったほうが受注は近づきますよ。」
例文3:品質管理・納期対応の場面
「納期が迫っているのはわかりますが、検査工程を省くのはやめましょう。急がば回れ——不良品を出してしまえば、信用の回復にかかる時間は納期の遅れの比ではありません。」
使うときのコツは、相手を責めずに「一緒に確実な道を行きましょう」と誘うニュアンスで伝えること。上司や取引先に対しても、「急がば回れと言いますし」とクッションを置けば、角が立ちにくくなります。
原文の出典(書名・原文・読み下し文)
出典とされているのは、室町時代の連歌師・宗長の作と伝わる次の一首です。江戸時代の教訓歌集『宗長手記』や、諸国のことわざを集めた書物に収められ、広く知られるようになりました。
【原文】
もののふの やばせの舟は 早くとも 急がば回れ 瀬田の長橋【読み下し・現代語訳】
武士(もののふ)が乗る矢橋の渡し船は速いけれども、急ぐのであれば遠回りをして、瀬田の長橋(唐橋)を通って行きなさい。
「もののふの」は「矢」にかかる枕詞(まくらことば)で、武士の持つ「矢」と地名の「矢橋(やばせ)」を掛けた言葉遊びになっています。ただの教訓ではなく、和歌としての技巧も効いている一首なんですね。
なお、この歌の作者については宗長説が有力ですが、伝承の過程で異なる説も伝わっており、原典を特定しきれない部分もあります。「室町時代の琵琶湖の旅から生まれた」という背景は、どの説にも共通しています。
まとめ
「急がば回れ」は、500年前の琵琶湖の旅人が身をもって学んだ教訓が、いまも私たちの仕事に生きている言葉です。スピードが求められる時代だからこそ、「その近道は本当に早いのか?」と一度立ち止まる習慣が、結果的にいちばんの近道になります。
焦りを感じたときは、瀬田の唐橋を選んだ旅人の姿を思い出してみてください。急ぐ気持ちを否定するのではなく、確実な道へと向け直す——それが、このことわざが教えてくれるいちばん大切なことではないでしょうか。


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