雄略天皇 一言主神 の挿絵
雄略天皇 一言主神
原文(書き下し文)
天皇(すめらみこと)、葛城山(かづらきやま)に登り幸(いでま)しし時……「吾(あれ)は悪(まが)事も一言(ひとこと)、善(よ)事も一言、言離(ことさか)の神、葛城の一言主大神(ひとことぬしのおほかみ)ぞ」とまをしたまひき。
……天皇是(ここ)に惶畏(かしこ)みて……御手繦(みたすき)に至るまで脱(ぬ)かしめて、拝(をろが)み献(たてまつ)りき。
現代語訳

第二十一代・雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)は、たいへん力が強く、気性の激しい大王(おおきみ)でした。あるとき天皇が、大勢の家来を従えて葛城山(かつらぎやま)に登っていくと、向かいの尾根に、こちらとそっくり同じ装いの一行が、同じ歩みで進んでいるのが見えました。

天皇は気色ばんで問いただします。「この大和の国に、私のほかに大王はいないはず。お前たちは何者だ」。すると相手も、まったく同じ言葉をそっくり返してくる。怒った天皇が弓に矢をつがえると、向こうも矢をつがえる。家来たちも一斉に身構え、一触即発の空気が張りつめました。

天皇が「では、まず名を名乗れ。それから矢を放とう」と言うと、相手はようやく正体を明かします。「私は、悪いことも一言、良いことも一言で言い放つ神――葛城の一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)である」。それが人ならぬ神だと知った天皇は、たちまち恐れかしこまりました。「これは畏れ多いことでございました」。そして、自らの太刀や弓矢はもちろん、家来たちの着物にいたるまで脱がせて神に献上し、うやうやしく拝みました。一言主大神はそれを喜んで受け取り、天皇の一行を山の麓まで見送ったといいます。

この剛毅な雄略天皇には、もう一つ、こんな哀しい物語も伝わっています。あるとき天皇は、美和河(みわがわ)のほとりで衣を洗う赤猪子(あかいこ)という美しい娘に出会い、心を引かれて言いました。「他の誰とも結婚せず待っていなさい。いずれ宮中へ召そう」。娘はその言葉を信じ、ひたすら召されるのを待ちました。――ところが天皇は、すっかり忘れてしまったのです。

娘は待ち続けました。一年、十年……そして、なんと八十年もの歳月が過ぎ去ってしまいました。すっかり年老いた赤猪子は、「もう望みはないけれど、待ち続けた一途な心だけは、お見せしなければ気がすまない」と、贈り物を携えて宮中に参上します。事情を聞いた天皇は驚き、深く心を痛めました。「すっかり忘れていた。お前がこれほど操を守り、空しく盛りの時を過ごしてしまったとは、なんと不憫なことか」。今さら妻に迎えることはできない齢(よわい)です。天皇は娘をいたわって歌を贈り、赤猪子も涙ながらに歌を返して、たくさんの宝を賜って帰っていきました。

この段に登場する人物・神

雄略天皇
大長谷若建命(おほはつせわかたけ)。第二十一代天皇。剛勇で知られ、実在性の高い大王。「ワカタケル大王」の名が鉄剣の銘にも残る。
一言主大神
葛城の山の神。善悪を一言で言い放つ託宣の神。天皇と対等にあらわれる強大な存在。
赤猪子
引田部赤猪子。天皇の言葉を信じ、八十年もの間ひとり待ち続けた娘。
解説

雄略天皇は、古事記下巻でもっとも存在感のある大王です。荒々しく、時に残忍ですらある力の支配者として描かれますが、その雄略でさえ、神の前では武器を捨ててひれ伏す――「一言主神」の物語は、どれほど強大な王も神には及ばない、という古代の感覚を鮮やかに示しています。「善きことも悪しきことも一言で決する」という神の力は、運命を一言で言い当てる託宣(たくせん)の神秘そのものです。

この雄略天皇は、考古学的にも実在が裏づけられた数少ない大王でもあります。埼玉県・稲荷山古墳の鉄剣と、熊本県・江田船山古墳の鉄刀に刻まれた「ワカタケル大王」の名は、古事記の「大長谷若建(おおはつせわかたけ)」と一致するとされ、神話と歴史が交わる貴重な接点となっています。

後半の赤猪子の物語は、力の王のもう一つの顔――人の世のはかなさと哀れを描きます。たった一言の約束を信じて八十年を待った女と、それを忘れていた王。取り返しのつかない時の流れを前に、王にできたのは、いたわりの歌を贈ることだけでした。剛勇の物語の隣に、こうした切ない人間ドラマを並べて置くところに、下巻の奥行きがあります。
いよいよ次は、その雄略の時代に翻弄された二人の幼い皇子の物語。古事記の結びへと向かいます。