……「此地(ここ)は韓国(からくに)に向ひ、笠沙(かささ)の御前(みさき)を真来(まき)通りて、朝日の直刺(ただ)す国、夕日の日照る国なり。かれ此地はいと吉(よ)き地(ところ)」とのりたまひき。
地上を譲り受けたアマテラスは、自分の孫であるニニギに、葦原中国を治めるよう命じました。このとき孫に授けたのが、岩戸隠れの鏡と勾玉、そして八岐大蛇から出た草薙剣――のちに皇位のしるしとなる三種の神器です。「この鏡を、わたし自身だと思って祀りなさい」とアマテラスは言い添えました。
ニニギが天から降りようとすると、天と地を結ぶ分かれ道に、上は高天原、下は地上を煌々と照らす、あやしい神が立ちはだかっていました。女神アメノウズメが進み出て名を問うと、その神は答えます。「私はサルタヒコ。天つ神の御子をお迎えし、道案内をするために参りました」。こうして道びらきの神に導かれ、ニニギは大勢の神々を従えて、幾重もの雲を押し分け、筑紫の日向(ひむか)の高千穂の峰へと降り立ったのです。
その地に立ったニニギは言いました。「ここは朝日がまっすぐ射し、夕日が明るく照らす、たいへん良い土地だ」。そして立派な宮殿を建て、住まいとしました。
ある日、ニニギは笠沙の岬で、目を奪われるほど美しい娘コノハナサクヤビメに出会い、結婚を申し込みます。娘の父である山の神は喜び、姉のイワナガヒメも添えて、二人そろって差し出しました。ところが姉はたいそう醜かったため、ニニギは姉を送り返し、美しい妹だけを妻にしてしまいます。
恥をかかされた父は、こう告げました。「二人そろって差し上げたのには理由があったのです。イワナガヒメ(岩の女神)を妻にすれば、御子の命は岩のように永遠に。コノハナサクヤビメ(花の女神)を妻にすれば、花のように栄えるでしょう。けれど、あなたは岩を返してしまわれた。だからこの先、天つ神の御子たちの命は、咲いては散る木の花のように、限りあるものとなるでしょう」。――こうして、神の子孫であるはずの天皇にも「寿命」がある、その理由が定まったのです。
この段に登場する神々・宝
- ニニギ
- 邇邇芸命。アマテラスの孫。地上に降りた最初の天つ神で、天皇家の祖。
- サルタヒコ
- 猿田毘古神。天と地の道に立ち、ニニギを導いた道案内・道びらきの神。
- コノハナサクヤビメ
- 木花之佐久夜毘売。桜のように美しい山の神の娘。ニニギの妻。
- 三種の神器
- 八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣。アマテラスがニニギに授けた、皇位のしるし。
「天孫降臨」は、天つ神の子孫が地上に降り、この国を治めはじめる――天皇家の起源を語る、古事記でもとりわけ重要な場面です。ニニギが携えた三種の神器は、いまも皇位継承のしるしとされ、岩戸隠れ・八岐大蛇の物語が、ここで一本の糸につながります。
降臨の地「高千穂」は、宮崎県・鹿児島県にその伝承地があり、神話と土地の記憶が結びついています。道案内をするサルタヒコは、いまも「みちびき」「交通安全」の神として各地で祀られています。
この段の白眉は、「人はなぜ死ぬのか」を語る後半です。永遠の命を約束する岩の姫を退け、美しいけれど移ろう花の姫を選んだために、神の子孫さえも限りある命を持つことになった――。美しさと引きかえに死を受け入れるという、もの悲しくも詩的な説明は、世界各地の「人間はなぜ不死を失ったのか」という神話と響き合います。
そしてコノハナサクヤビメが生んだ子から、次の「海幸彦・山幸彦」の物語が始まります。