……かれ、其の大神(おほかみ)の生大刀(いくたち)・生弓矢(いくゆみや)、また天詔琴(あめののりごと)を取り持ちて、逃げ出でます時……「其の汝(な)が持てる生大刀・生弓矢を以て、汝が庶兄弟(ままあにおと)をば……大国主神と為(な)り」とのりたまひき。
ヤガミヒメに選ばれたオオクニヌシ(またの名をオオアナムヂ)を、兄神たち(八十神)はますます憎みました。そしてついに、彼を殺そうとたくらみます。山で「赤い猪を追い落とすから、下で捕まえろ」と言い、火で真っ赤に焼いた大岩を転がし落としたのです。岩を抱きとめたオオクニヌシは焼け死んでしまいました。
けれど、母神が天の神に願うと、二柱の女神がつかわされ、オオクニヌシは生き返ります。それでも兄神たちは諦めず、今度は大木の裂け目に挟んで殺してしまう。母はそのたびに息子を生き返らせ、ついにこう言いました。「ここにいてはいつか本当に殺されてしまう。根の国(ねのくに)のスサノオさまのもとへお行きなさい」。
地下深くの根の国を訪ねたオオクニヌシは、スサノオの娘スセリビメと一目で恋に落ち、結ばれます。父スサノオは、婿となった彼にいくつもの試練を課しました。蛇のうごめく部屋、ムカデと蜂の部屋――スセリビメが授ける呪具のおかげで、彼は無事に夜を越します。野原に放たれた矢を探させ、四方から火を放たれたときは、一匹の鼠(ねずみ)が現れて地中の空洞へ導き、命を救ってくれました。
眠るスサノオの隙をついて、オオクニヌシはスセリビメを背負い、強力な武器生大刀(いくたち)・生弓矢(いくゆみや)と、よく鳴る天詔琴(あめののりごと)を奪って逃げ出します。目を覚ましたスサノオは追いかけますが、根の国と地上の境まで来ると、去りゆく婿に向かって叫びました。「その大刀と弓矢で兄神たちを討ち払い、お前が大国主神(おおくにぬしのかみ)――偉大な国の主となれ!」。
地上に戻ったオオクニヌシは、奪った武器で兄神たちを平定し、国づくりを始めます。やがて海の彼方から、ガガイモの実の舟に乗った小さな神スクナヒコナがやってきました。二柱は力を合わせ、田畑を拓き、病を治す術や害虫を払うまじないを定め、人々の暮らしの土台となる国を築きあげていったのです。
この段に登場する神々
- スセリビメ
- 須勢理毘売。スサノオの娘。試練を助け、オオクニヌシの正妻となる。
- スサノオ
- 須佐之男命。根の国の主。厳しい試練を課しつつ、婿に「国の主となれ」と認める。
- スクナヒコナ
- 少名毘古那神。手のひらに乗る小さな神。医薬・酒造・まじないの神として国づくりを助ける。
「因幡の白兎」でやさしさを見せたオオクニヌシが、幾度も殺されては甦り、過酷な試練をくぐり抜けて、一人前の王へと成長していく物語です。何度死んでも復活する姿は、傷ついた大地が再生する豊穣の力や、王が一度死んで生まれ変わる即位の儀礼を思わせます。
注目は、彼が根の国(死者・祖霊の世界)へ降り、武器と楽器を持ち帰ること。あの世で力を授かって帰還する、という筋立ては、世界の英雄神話に広く見られる「あの世下り」のかたちです。授かった「生大刀・生弓矢」という名は、生命力そのものを宿した武器であることを示しています。
そして相棒スクナヒコナとの国づくり。巨大なオオクニヌシと、手に乗るほど小さな神とのコンビが、医療やまじないといった暮らしの知恵を人々にもたらす――出雲神話のいちばん豊かな場面です。
こうして栄えた地上の国(葦原中国)に、やがて天上の高天原が目をつけます。物語は「国譲り」へと動きはじめます。