……天宇受売命(あめのうずめのみこと)、……胸乳(むなち)をかき出で裳緒(もひも)を陰(ほと)に押し垂れき。ここに高天原動(とよ)みて、八百万(やおよろづ)の神共に咲(わら)ひき。
太陽の女神アマテラスの弟、スサノオは、たいへん乱暴な神でした。田のあぜを壊し、神聖な御殿に汚物をまき散らし、ついには機(はた)を織る建物に、皮を剥いだ馬を投げ込みます。驚いた機織りの女神は命を落としてしまいました。
あまりの恐ろしさに、アマテラスは天の岩屋(あめのいわや)の戸を開けて中に閉じこもり、固く戸を閉ざしてしまいます。すると太陽が姿を消し、天上の世界も、地上の世界も、いっせいに真っ暗闇に。夜だけが続き、あらゆる災いが起こりはじめました。
困りはてた八百万(やおよろず)の神々は、天の川のほとりに集まって、知恵をしぼります。長鳴き鳥を集めて鳴かせ、鏡をつくり、勾玉(まがたま)の飾りをこしらえ、榊(さかき)の木に掛けて、岩屋の前で盛大な祭りを始めました。
そして女神アメノウズメが桶の上に乗り、足を踏み鳴らし、衣をはだけて、神がかりのように踊りだします。その姿のおかしさに、神々はどっと大笑い。天上が揺れるほどの歓声に包まれました。
外の騒ぎを不思議に思ったアマテラスは、戸を少し開けて尋ねます。「わたしが隠れて暗いはずなのに、なぜ皆そんなに楽しそうなのか」。ウズメは答えます。「あなたさまより尊い神がおいでになったので、喜んでいるのです」。差し出された鏡に映る、まばゆい姿――それは自分自身でした。思わず身を乗り出した瞬間、隠れていた力自慢の神アメノタヂカラオがその手をつかみ、外へ引き出します。すかさず別の神が戸口に注連縄(しめなわ)を張り、「もう中へはお戻りになれません」と告げました。こうして世界に、ふたたび光がよみがえったのです。
この段に登場する神々
- アマテラス
- 天照大御神。太陽を司る女神で、高天原を治める最高神。皇室の祖神とされる。
- アメノウズメ
- 天宇受売命。岩戸の前で踊った女神。芸能・芸術の神として親しまれる。
- アメノタヂカラオ
- 天手力男神。怪力でアマテラスを引き出した神。力・スポーツの神。
古事記でもっとも有名な場面のひとつ、「岩戸隠れ」です。太陽神が隠れて世界が闇に沈み、ふたたび現れて光が戻る――これは日食や、太陽の力が弱る冬至を神話にした、いわば「太陽の死と再生」の物語だと考えられています。
注目したいのは、神々が太陽神を力ずくで引きずり出すのではなく、お祭りの楽しさで誘い出したこと。鏡・勾玉・榊・注連縄・神楽(かぐら)の舞――ここに登場する道具や所作は、いまの神社のお祭りやお祓いの原型になっています。アメノウズメの踊りは、神楽のはじまりとも言われます。
このとき作られた鏡と勾玉は、のちに天孫降臨でアマテラスの子孫へと授けられ、剣と合わせて三種の神器になります。一方、騒動の張本人スサノオは、罰として高天原を追放され、地上へ降りていきます。次の物語「八岐大蛇」の舞台へ――。