愚公山を移す〜「無理だ」と笑われても続ける人が、最後に山を動かす

故事成語

「そんなの無理だよ」と周りに言われても、コツコツ続けて大きなことを成し遂げる人がいます。今回ご紹介する故事成語「愚公山を移す(ぐこうやまをうつす)」は、まさにそんな人の姿を表した言葉です。意味や由来、ビジネスでの使い方まで、わかりやすく解説していきますね。

「愚公山を移す」の意味

「愚公山を移す」は、どんなに大きな困難でも、あきらめずに努力を続ければ、いつかは必ず成し遂げられるという意味のことわざです。

「愚公」とは「愚かなおじいさん」という意味の名前です。でも、この話の本当の主役は、周りから「愚か」と笑われても信念を曲げなかった愚公の粘り強さです。一見ばかばかしく見える地道な努力こそが、最後に大きな成果を生む、という教えが込められています。

  • 読み方:ぐこうやまをうつす
  • 意味:根気よく努力を続ければ、大きな事業も成し遂げられる
  • 似た言葉:「雨垂れ石を穿つ」「点滴石を穿つ」「継続は力なり」

故事成語ができた経緯・歴史

このお話は、古代中国の思想書『列子(れっし)』に出てきます。昔、太行山(たいこうざん)と王屋山(おうおくざん)という、広さ七百里、高さ一万仞(じん)もある大きな山がありました。その北側に住んでいたのが、もうすぐ90歳になる愚公というおじいさんです。

愚公の家は山にさえぎられていて、どこへ行くにも遠回りしなければなりません。そこで愚公は家族を集めて「みんなで力を合わせて山を平らにし、道を通そうじゃないか」と提案します。家族は賛成し、さっそく石を砕き、土を運んで、はるか遠くの渤海(ぼっかい)の海辺まで捨てに行きました。1往復するのに、なんと1年もかかったそうです。

これを見た「智叟(ちそう)」という賢いおじいさんが「老い先短いあなたに、山を崩せるわけがない」と笑います。すると愚公はこう答えました。「わしが死んでも子がいる。子は孫を生み、孫はまた子を生む。子孫は尽きることがないが、山はこれ以上高くならない。いつか必ず平らになるさ」。智叟は返す言葉がありませんでした。

この話を聞いた山の神は、愚公が本当にやめないのではと心配になり、天帝に報告します。天帝は愚公の真心に感動し、力持ちの神に命じて二つの山を背負わせ、別の場所へ移してしまいました。こうして愚公の願いはかなったのです。

ちなみに近代では、1945年に毛沢東がこの話を演説で引用したことで、中国では広く知られる言葉になりました。

ビジネスシーンでの使い方(例文3つ)

ビジネスでは、長期プロジェクトや地道な改善活動を励ますときによく使われます。

  • 「社内のDX化は一朝一夕にはいきませんが、愚公山を移すの精神で、まずは紙の伝票を1枚ずつ減らしていきましょう。」
  • 「新規開拓は断られることの方が多いけれど、愚公山を移すというように、毎日の訪問の積み重ねがいつか大きな成果になるはずだ。」
  • 「創業から10年、愚公山を移す思いで品質改善を続けてきたことが、今回の大型受注につながりました。」

なお、目上の方に「あなたは愚公のようですね」と直接言うと、「愚か」という字の印象から失礼に受け取られることもあります。自分やチームの姿勢を表すときに使うと安心ですよ。

原文の出典

出典:『列子(れっし)』湯問篇(とうもんへん)

原文(愚公の言葉より):
雖我之死、有子存焉。子又生孫、孫又生子。子又有子、子又有孫。子子孫孫、無窮匱也。而山不加増、何苦而不平。

読み下し文:
我之れ死すと雖も、子有りて存す。子又孫を生み、孫又子を生む。子又子有り、子又孫有り。子子孫孫、窮匱(きゅうき)すること無きなり。而るに山は加増せず。何を苦しみてか平らかならざらん。

原文(結末):
帝感其誠、命夸蛾氏二子負二山、一厝朔東、一厝雍南。

読み下し文:
帝其の誠に感じ、夸蛾氏(こがし)の二子に命じて二山を負はしめ、一は朔東(さくとう)に厝(お)き、一は雍南(ようなん)に厝く。

まとめ

「愚公山を移す」は、周りに笑われても一歩ずつ続ける人が最後には大きな山をも動かす、という力強い教えです。大きな目標を前にして気持ちがくじけそうなときは、ぜひ愚公の「子子孫孫、窮匱すること無きなり」という言葉を思い出してみてください。今日の小さな一歩が、明日の大きな成果につながりますよ。

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