「あの社長には先見の明があったね」――ビジネスの場でよく聞くほめ言葉ですよね。でも、この言葉のもとになった話が、じつは父親の深い悲しみから生まれたことは、あまり知られていません。今回は「先見の明」の意味と由来、ビジネスでの使い方を、わかりやすく紹介します。
「先見の明」の意味
「先見の明(せんけんのめい)」とは、先のことを前もって見抜く、すぐれた判断力のことです。「明」は「明るい」ではなく、「物事をはっきり見分ける力」という意味です。
ふつうは「先見の明がある」「先見の明に富む」のように、人をほめるときに使います。ただのカンや運ではなく、状況をよく観察し、筋道を立てて考えたうえで将来を見通す力、というニュアンスがあります。
- 読み方:せんけんのめい
- 似た言葉:先見性、慧眼(けいがん)、洞察力
- 反対の言葉:後の祭り、泥縄(どろなわ)
故事成語ができた経緯・歴史
舞台は、中国の後漢の終わりごろから三国時代にかけての時代です。後漢の重臣だった楊彪(ようひょう)には、楊修(ようしゅう)という息子がいました。楊修はとても頭の回転が速い人で、曹操に仕えていました。
しかし、楊修は自分の賢さを隠さず、曹操の後継ぎ争いにも深く関わったため、曹操からにらまれてしまいます。「鶏肋(けいろく)」の逸話で知られるように、曹操の考えを先回りして読み当ててしまったことも警戒された理由の一つといわれます。そして楊修は、ついに曹操によって処刑されてしまいました。
その後、すっかりやせ細った楊彪を見て、曹操は「どうしてそんなにやせてしまったのか」とたずねます。楊彪はこう答えました。
「私には、金日磾(きんじつてい)のような先見の明がなかったことが恥ずかしいのです。それでもなお、年老いた牛が子牛をなめてかわいがるような親心を捨てきれずにいます」
金日磾は前漢の武帝に仕えた人物です。自分の息子が宮中でふしだらなふるまいをしているのを見て、「このままでは一族に災いがおよぶ」と先を読み、つらい決断をしてわが子を手にかけたと伝えられています。楊彪は「自分は息子の危うさを見抜けなかった」と悔やんだのです。この答えを聞いて、さすがの曹操も表情を改めたといいます。
ここから「先見の明」は「将来を見抜く力」という意味で広まりました。ちなみに、同じ場面からは、親が子をかわいがりすぎることを表す「老牛舐犢(ろうぎゅうしとく)」という言葉も生まれています。
ビジネスシーンでの使い方(例文3つ)
ビジネスでは、経営判断や投資、新しい事業への取り組みを評価するときによく使われます。
- 「10年前からECサイトに力を入れていたなんて、社長には先見の明がありましたね」
- 「人手不足を見越して早めにAIツールを入れたのは、まさに先見の明だった」
- 「当時は反対意見も多かったが、海外展開を決めた先代の先見の明には頭が下がる」
なお、自分のことに使うと自慢に聞こえやすいので、基本的には他人をほめる言葉として使うのがおすすめです。「私に先見の明がなかった」と、反省の気持ちを込めて使うのは問題ありません。これはまさに楊彪の使い方そのものですね。
原文の出典
- 書名:『後漢書(ごかんじょ)』楊彪伝(南朝宋・范曄 編)
原文
後子修為曹操所殺。操見彪問曰、「公何瘦之甚。」對曰、「愧無日磾先見之明、猶懷老牛舐犢之愛。」操為之改容。
読み下し文
後に子の修、曹操の殺す所と為る。操、彪を見て問ひて曰く、「公何ぞ痩することの甚だしきや」と。対へて曰く、「日磾の先見の明無きを愧ぢ、猶ほ老牛の犢を舐るの愛を懐く」と。操、之が為に容を改む。
まとめ
「先見の明」は、息子を亡くした父・楊彪の「自分には先を見通す力がなかった」という後悔の言葉から生まれた故事成語です。変化の激しい今の時代、経営者には先を読む力がますます求められています。日ごろから情報を集め、筋道を立てて考えるくせをつけて、「先見の明」を少しずつ磨いていきたいですね。

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