千慮の一失〜賢い人でもミスはする!韓信と李左車の故事に学ぶ「謙虚さ」の大切さ

故事成語

「あんなに慎重な人が、まさかこんなミスをするなんて…」と驚いたことはありませんか?どれほど優秀な人でも、完璧であり続けるのは難しいものです。今回は、そんな場面にぴったりの故事成語「千慮の一失(せんりょのいっしつ)」をご紹介します。

「千慮の一失」の意味

「千慮の一失」とは、どんなに賢い人でも、たくさん考えをめぐらせるうちに一つくらいは失敗や見落としがあるという意味です。「千慮」は千回の考え、つまり「よく考え抜くこと」を表し、「一失」は「一つの失敗」を表します。

ポイントは、もともと優秀な人や慎重な人の、めったにない失敗について使うことです。普段からミスの多い人には使いません。対になる言葉に「千慮の一得(せんりょのいっとく)」があり、こちらは「愚かな人でも、たくさん考えれば一つくらいは良い考えが浮かぶ」という意味です。

  • 読み方:せんりょのいっしつ
  • 意味:賢い人でも、ときには思わぬ失敗をすること
  • 類義語:弘法にも筆の誤り、猿も木から落ちる、河童の川流れ
  • 対義語的な言葉:千慮の一得

故事成語ができた経緯・歴史

この言葉は、中国の漢の時代、名将・韓信(かんしん)にまつわるお話から生まれました。紀元前204年ごろ、韓信は「背水の陣」で知られる戦いで趙(ちょう)の国を破ります。このとき、趙には李左車(りさしゃ)という知恵者がいました。彼は趙の陣営に優れた作戦を進言していましたが採用されず、結果として趙は敗れてしまいます。

韓信は李左車の才能を高く評価していたので、生け捕りにすると縄を解き、師として敬いました。そして「次は燕(えん)と斉(せい)を攻めたいが、どうすればよいか」と教えを求めたのです。

李左車は最初、「戦いに敗れた将は兵法を語るべきではない(敗軍の将は兵を語らず)」と断ります。それでも韓信が熱心に頼むので、「賢い人でも千回考えれば一度は失敗し、愚かな人でも千回考えれば一つは良い考えがあると聞きます。私の意見にも、取るべきところがあるかもしれません」と謙遜しながら意見を述べました。ここから「千慮の一失」「千慮の一得」という言葉が生まれたのです。

ビジネスシーンでの使い方(例文3つ)

ビジネスの場では、優秀な人のミスをフォローするときや、チェック体制の大切さを伝えるときに使えます。

  • 「ベテランの部長が見積書の数字を間違えるなんて、まさに千慮の一失ですね。誰にでもあることですから、気にしないでください。」
  • 「千慮の一失ということもありますから、重要な契約書は必ず二人でダブルチェックしましょう。」
  • 「綿密に立てた事業計画でしたが、為替の変動を見落としていたのは千慮の一失でした。次回はリスク要因をもっと幅広く洗い出します。」

なお、目上の人のミスに使うときは、「あなたほどの方でも」というフォローの気持ちを込めると角が立ちません。また、自分の失敗について言うと「自分は賢い」と言っているように聞こえることがあるので、使い方には少し注意しましょう。

原文の出典(書名・原文・読み下し文)

出典は、司馬遷(しばせん)が書いた歴史書『史記(しき)』の「淮陰侯列伝(わいいんこうれつでん)」です。淮陰侯とは韓信のことを指します。

  • 書名:『史記』淮陰侯列伝
  • 原文:臣聞、智者千慮、必有一失。愚者千慮、必有一得。故曰、狂夫之言、聖人択焉。
  • 読み下し文:臣(しん)聞く、智者も千慮に必ず一失有り、愚者も千慮に必ず一得有りと。故に曰く、狂夫の言も、聖人之(これ)を択ぶと。
  • 現代語訳:私はこう聞いております。賢い人でも千回考えれば必ず一つは失敗があり、愚かな人でも千回考えれば必ず一つは良い考えがある、と。だから「愚か者の言葉でも、聖人はその中から良いものを選んで取り入れる」と言われるのです。

まとめ

「千慮の一失」は、どんなに優秀な人でもミスはゼロにできない、という人間らしさを教えてくれる言葉です。だからこそ、ミスを責めるよりも、仕組みでカバーしたり、さまざまな人の意見に耳を傾けたりする姿勢が大切です。韓信が敗れた敵将に教えを求めたように、謙虚さを忘れずに仕事に向き合いたいですね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました