← 百人一首 全首一覧へ戻る
第84番
ながらへば またこのごろや しのばれむ
憂しと見し世ぞ 今は恋しき
藤原清輔朝臣

現代語訳

もし生き長らえたならば、またこの頃のことも懐かしく思い出されるのだろうか。つらいと思っていた過去の日々が、今となっては恋しく感じられるように。

語句の意味

ながらへば ── 「ながらふ」(生き長らえる)の未然形+「ば」。もし長く生きていたならば、という仮定の表現。

またこのごろや ── また今この頃のことも。「や」は疑問の係助詞で、「しのばれむ」と係り結びになっている。

しのばれむ ── 懐かしく思い出されるだろうか。「しのぶ」(偲ぶ・懐かしむ)の未然形+受身の「れ」+推量の「む」。

憂しと見し世ぞ ── つらいと思った過去の日々こそ。「憂し」はつらい・いやだという意味。「見し」は経験した・思った。

今は恋しき ── 今となっては恋しい。過去のつらさが時間の経過とともに懐かしさに変わることを表している。

歌の解説

この歌は、時の流れとともに過去のつらい経験さえも懐かしく感じられるという人間の心理を鋭くとらえた一首です。『新古今和歌集』の雑の部に収められており、題は「百首歌の中に」とあります。

歌の構造は巧みで、上の句では未来への問いかけを行い、下の句では現在の実感を述べています。「今つらいと感じているこの時も、将来振り返れば懐かしく思えるのだろうか」という問いかけは、現在のつらさと将来の懐かしさという時間の二重構造を作り出しています。そして下の句で「かつてつらいと思っていた過去が、今は恋しい」という実体験を根拠として提示することで、上の句の問いかけに説得力を与えています。

この歌の深さは、単なる懐古趣味にとどまらない点にあります。過去のつらさが今は恋しいという実感は、現在のつらさもまた将来は恋しくなるだろうという予測を導きます。しかしそれは同時に、人間は常に「今」を苦しみの中に生きているという認識でもあります。過去も現在も未来も、その瞬間においては常につらいのだという、ある種の諦観が底流にあるのです。

この歌が多くの人の共感を呼ぶのは、誰もが経験する感情を見事に言語化しているからでしょう。学生時代のつらさ、仕事の苦労、人間関係の悩み――どれも渦中にいるときは苦しいものですが、過ぎてしまえば懐かしく感じられるものです。清輔はその普遍的な人間心理を、格調高い和歌の形式に昇華させました。

また、この歌には生きることへのある種の肯定も含まれています。「ながらへば」という仮定は、長く生きること自体への意志を示しており、つらくても生き続ければ、やがてそのつらさも意味あるものに変わるという希望が込められているとも読めます。

作者について

藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん、1104年〜1177年)は、平安後期の歌人・歌学者です。藤原顕輔の子で、六条藤家の歌学を継承しました。歌学書『奥義抄』『袋草紙』などを著し、歌論家としても重要な存在です。

清輔は御子左家の俊成と歌壇の主導権を争いましたが、歌才においては俊成に一歩譲るとされることが多いです。しかし、この百人一首の歌に見られるように、人間の心理を深くとらえた秀歌を残しています。官位は正四位下・太皇太后宮大進に至りました。

修辞・表現技法

係り結び ── 「や…しのばれむ」で疑問の係り結びが用いられ、将来への問いかけの形になっています。また「ぞ…恋しき」でも係り結びが用いられ、強調の効果を生んでいます。

対比 ── 上の句の「未来への推量」と下の句の「現在の実感」が対比され、時間の循環を表現しています。

倒置 ── 下の句は「今は恋しき」が結びとなり、過去のつらさが現在の恋しさに転じたことを強調しています。

鑑賞のポイント

この歌は、現代にも通じる普遍的な人間の感情を詠んでいます。「あの頃はつらかったけれど、今思えば懐かしい」という感覚は、時代を超えて共感できるものです。同時に「今のつらさも、将来は懐かしくなるのだろうか」という問いかけは、現在の苦しみを相対化し、生きる力を与えてくれます。

上の句と下の句の時間軸の違いに注目して読むと、この歌の構造の巧みさがより深く味わえます。過去・現在・未来が一首の中に凝縮された、時間についての哲学的な歌でもあります。