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第65番
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
相模

現代語訳

あの人を恨み続けて疲れ果て、涙で乾く暇もない袖さえ朽ちてしまいそうなのに、そのうえ恋の噂によって朽ちてしまうであろう我が名が惜しいことよ。

語句の意味

恨みわび ── 相手の冷たさを恨むことに疲れ果てて。「わぶ」は困り果てる、嘆くという意味の動詞です。

ほさぬ袖だに ── 乾かすことのできない袖でさえ。涙で濡れた袖が乾く暇もないという意味。「だに」は「~さえ」の意で、軽いものを示して重いものを暗示する副助詞です。

あるものを ── あるのに。「ものを」は逆接の接続助詞で、「~であるのに」という意味です。

恋に朽ちなむ ── 恋のために朽ち果ててしまうだろう。「朽つ」は衣が傷むことと、評判が落ちることの両義にかかっています。「なむ」は「ぬ」+「む」で、きっと~してしまうだろうという強い推量です。

名こそ惜しけれ ── 名誉・評判が惜しいことよ。「こそ~けれ」は係り結びで、強調の表現です。

歌の解説

この歌は、つれない恋人を恨み嘆く女性の、深い悲しみと名誉への葛藤を詠んだ恋歌です。後拾遺集の恋の部に収録されています。恋人の冷淡さに苦しみ、泣き暮らして袖が乾く暇もないという嘆きだけでも十分につらいのに、そのうえ恋の噂が広がって自分の名誉まで傷つけられてしまうことが惜しいと訴えています。

平安時代の貴族社会において、女性の恋愛にまつわる噂は非常に重大な問題でした。「名が朽ちる」ということは、社会的な信用や立場を失うことを意味し、それは実質的に身の破滅につながりかねないものでした。この歌には、恋の苦しみという個人的な感情と、世間体という社会的な問題が絡み合い、二重の苦悩が表現されています。

「袖が朽ちる」と「名が朽ちる」という二つの「朽ちる」を巧みに重ね合わせている点がこの歌の技巧的な見どころです。涙で袖が朽ちるという具体的な描写から、名誉が朽ちるという抽象的な嘆きへと展開することで、作者の苦悩が重層的に伝わってきます。袖という実体のあるものさえ涙で朽ちそうなのに、まして評判という形のないものは簡単に朽ちてしまうだろうという論理構成も見事です。

この歌は、ただ悲しんでいるだけでなく、知性的な構成力と表現力を備えた一首です。感情に溺れるのではなく、自分の置かれた状況を冷静に見つめ、その苦悩を理知的に歌い上げている点に、歌人・相模の実力がうかがえます。恋に身を焦がしながらも、名誉を重んじる矜持を失わない姿勢が印象的です。

作者について

相模(さがみ、998頃~1061頃)は、平安時代中期の女流歌人です。相模守・大江公資の妻であったことから「相模」と呼ばれています。しかし後に離別し、その後は宮仕えをして多くの歌合に参加しました。

相模は当時を代表する女流歌人の一人であり、後拾遺集以下の勅撰集に多くの歌が入集しています。歌合での活躍が目覚ましく、技巧的で知的な歌風が特徴です。恋多き女性としても知られ、藤原定頼(百人一首64番の作者)との恋愛も有名です。中古三十六歌仙の一人に数えられています。

修辞・表現技法

掛詞 ── 「朽ち」が、袖が涙で傷む「朽ちる」と、名誉が失われる「朽ちる」の二つの意味を掛けています。

縁語 ── 「ほさぬ(干さぬ)」「袖」「朽ち」は衣に関する縁語で、涙に濡れた袖のイメージを一貫して保っています。

係り結び ── 「名こそ惜しけれ」の「こそ~けれ(已然形)」は強調の係り結びで、名誉が惜しいという嘆きを力強く際立たせています。

「だに~ものを」の構文 ── 「~でさえ…なのに」という構文で、袖が朽ちることよりも名が朽ちることの方がさらに嘆かわしいという気持ちを効果的に伝えています。

鑑賞のポイント

この歌の鑑賞では、作者の二重の苦悩に注目してみましょう。一つ目は恋人に裏切られた悲しみ、二つ目はその恋が世間に知られて評判を落とすことへの無念さです。特に平安時代の女性にとって「名が朽ちる」ことがどれほど深刻であったかを想像すると、この歌の切実さがより深く理解できます。

また、「恨みわび」という冒頭の言葉が示すように、作者はすでに恨むことにも疲れ切った段階にいます。恋の渦中にある激しい感情ではなく、嵐が過ぎた後のような疲弊と虚脱感が漂う点も味わい深いところです。それでもなお「名こそ惜しけれ」と自分の名誉を気にかける姿に、平安の女性のプライドと強さを感じ取ることができるでしょう。